糸井重里 × 西畠清順 対談トークイベント テーマ:「わぁ、なんて!」文字おこし

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糸井重里 × 西畠清順 対談トークイベント テーマ:「わぁ、なんて!」文字おこし

2017-12-06

糸井重里 × 西畠清順 対談トークイベント テーマ:「わぁ、なんて!」開催

このエントリは、Yep Muscat @yep https://twitter.com/yepさんの書きおこし、 世界一のクリスマスツリー‏ @bekobe150 https://twitter.com/bekobe150さんの録音音源などを基に作成しています。
本当にありがとうございます。

糸井重里 × 西畠清順 対談トークイベント テーマ:「わぁ、なんて!」

アスナロの話

西畠「みなさん、雨のなかお越しいただきありがとうございます。 よいニュースがあります。一昨日の点灯式、昨日でなんと7万3千人の方々が来てくださいました。(槇原敬之の)ライブ時だけで1万2、3千人くらい」
西畠「今日は僕が尊敬してやまない、みなさんお待ちかねの、お呼びしたいと思います。糸井重里さんです。」
糸井「僕は6年間雨を降らさずにやってきた男なんです。今日はいいよねって言って来たらほんとになっちゃって」
西畠「クリスマスツリーも潤っております、水がね。お金は潤ってませんよ。なんか神戸市からお金もらってるとか言われてますけど。むしろ払ってるほうやから」
糸井「ご苦労だったね」
西畠「始まってみたら夢の中みたいなんですけど、考えてからでいうと5年間ですかね」
糸井「やる前にどれくらいの準備期間がいったの?」
西畠「神戸でやろうってなってからは1年ちょっとです。ご縁があったっていうか」
西畠「ただアスナロの木を紹介していただいたのが4年前になるんですね」
糸井「もうそんな4年前にあの木はここに嫁ぐ運命だったんだ」
西畠「そうです、運命はね。ただ4年前に見つけた時にはまだどこに行くかはまだ決まってなかった」
糸井「アスナロの木っていうことについて案外知らないんですよね。昔あすなろ物語っていう映画と小説があって、それによるとヒノキが一番で、ヒノキになりたいと思って頑張ってる木ですという紹介をされていて、アスナロってそういう木なんだなあと思って、それ以上知らないんです」
西畠「アスナロってヒノキとそっくりなんです」
糸井「この木を紹介されたときに、ヒノキかなと思ってたらアスナロで、チェンジとかならなかったんですか?」
西畠「アスナロか、いいなって思ったんですよ。直感的に」
糸井「みんなからモミの木じゃないの?偽物じゃない、って思われる可能性だってあったじゃないですか」
西畠「ギネスの会社も同じこと言ってました。まずアスナロの木がクリスマスツリーとしていいのかって彼らなりに調べて、普通に使われているものなのでハードルではなかったです」
糸井「アスナロのことも知らなかったし、ここに高い木が立つぞっていうこと以外のことをみんな知らないままに、ワイワイワイワイ、楽しんだり怒ったりしてるわけで、アスナロって何よ、というとこから聞きたかった」
西畠「材木にも使われてます。みなさんが座っているベンチもアスナロなんです」
西畠「同じ大きさの木でも値段が全然違う。あのアスナロの木の木材としての値段は60万円くらいと言われました。もしヒノキだったら300万、400万」
糸井「お宝鑑定団みたいになってきた」
西畠「ヒノキが上っていう前提で値付けとかされている」
西畠「このアスナロの木をどうやったらキャンペーンとしてね、どうやってブランディングしていくかで、僕があえて、落ちこぼれの木という言葉を使ったら、みんながえらい感情移入してくれて、うまいこといったなあと思ってるんです」
西畠「この木をこの後どうするかというので、こんなふうに使ったらいいんじゃないですかっていうのが、いっぱいアイデアとして寄せられてるんです。それが一つの目的だった。みんなで考えてもらうと。 水に強いので富山では船の材料に使われていたそうで船にしたらどうですかという声もあります」
糸井「本当に乗る船じゃなくても船の形をしたものを作って浮かばせてみたいね。だってここ港じゃないですか」
西畠「港町から港町にこの木が来たっていうのも、一つのストーリーかなと思いますし」
糸井「(アスナロが木材として)こんなに使われているものだっていうことを知らなかったですね」

西畠清順氏の植物に対する情熱の話

糸井「神戸にクリスマスツリーを立てるって話で清順君のことを急に知った人はただの立てる人みたいに思ってると思うんですよ。でも彼が植物に関して今まで言ってきたことっていうのは誰よりも詳しく深い。命賭けてるし。今日は西畠清順の根っこの部分を、もうちょっと話をしてみたい」
糸井「最初に知り合った時はそんなに話をしなかったんだけど、(被災された)気仙沼の知り合いの家を建て直す時に蔦を残したくて、彼に頼んだんです。建て直している間、彼の植物園でキープしておいてもらって、家が建った時にまた戻して。あんなことは誰に頼んでもできることではなくて」
西畠「このプロジェクトっていうのは新聞で80回くらいニュースになり、テレビでも生放送され、今までの植物のイベントと比べて桁違いの露出の量で、テレビでニコニコってしてたら、大丈夫なのかあいつって見られた」
西畠「6年間、名前を公表して仕事をしてから、町作り、商業施設の緑化、緑化事業のコンサルティング、イベントの植物の演出、行政機関と企業の仕事が多いですけど、300プロジェクトくらいやらせてもらって、299プロジェクトは大成功をおさめてます。あとの1つにたいした意味はないんですけど」
西畠「重たい仕事、とんでもない量の開発とかやってます。安全も確保しないといけないですし。僕が植えた木が倒れて人が死んだら、もう明日から仕事できないです。 特に植物っていうのは知識が必要で、莫大な知識がないと一流のお客さん相手に仕事できないです。毎回真剣に植物に向き合ってます」
西畠「今回は自分で初めてやろうと思ったプロジェクトなんです。でも、真面目に植物のこと考えてるんです、ってアナウンスするわけにもいかなくて」
糸井「それを言う機会ないよね」
西畠「あとでみんなわかってくれたらいいかなあって思いながらやってたり、わざとそうやってる部分もあります」
糸井「こんなに努力してます、って話をしたほうがいい場合もあるけど、そうじゃない場合も多々あるから、その意味では、楽勝ですよ、って言いながら夜中にコツコツやってるみたいな」
西畠「音楽も料理も生花もそうですけど、テクニカルなことをテクニカルに見せないほうがいい。植木でも同じ」
糸井「吉本隆明さんが、言葉の幹と根は沈黙である、と言ってるんです。根っこの一番大事な部分は沈黙で、実際にみんなが鑑賞する葉や花は言葉として見えてるけど、根っこのところに、黙っていて言葉にならない何か、想いみたいなものがないと言葉として死んでしまう、枯れてしまう」
糸井「その証拠に根っこだけの木は枯れてないでしょ。枝の木は枯れるんだけど根っこだけのものは枯れない。 何かやるときに言葉になってないんだけど想いがあるってことはすごく大事なことで、それがなくてしゃべりが上手い人はあんまり信用ができない」
糸井「どんなに立派なことを想ってても伝わらなければだめだ、プレゼンテーションのテクニックがいるんだっていうけど、僕はプレゼンの上手な人に会うとげっそりする。うまいけどさあ、本当はなんなのって。本当にいいと思ってる人の売り込みは伝わる。それのいい例がジャパネットの高田さん」
糸井「あの人(ジャパネットの高田さん)は社長を止めたんですけど、散歩しながら見つけたものを説明するって番組をもってて、そこでうちの手帳のことを説明してくれたんです。それを一緒に見てたカミさんが、私買いたくなっちゃった、って(笑) 高田さんは台本なしで話す。完全に根がある」
糸井「根っこのない言葉は人に伝わらない。清順君がやってることは両方の側面があって、根っこがあるのにワッと言わせない。 あそこにあるエアープラントのトンネルも簡単そうに見えて、あれがライティングされてワッと思うことが価値だから、これに苦労したなんてこと言ったら楽しくなくなっちゃう」
糸井「僕もそうなんだけど、ちゃらちゃらしてないと話してくれない人もいるわけです」
西畠「僕もよく言われます。へらへらしてるって」
糸井「でも本当の勝負になったときに、俺が植えた木は倒れないとか、5年後にもう1回ありがとうって握手しにきてくれたり
西畠「そうそうそうそう」
西畠「代々木VILLAGEも、普通じゃありえない庭にしたんです。それを見てみんな大丈夫か?と言ったわけですよ、最初は。でも今4年たって完璧な森になりました」
糸井「すごいですよ」
西畠「あれの後、日本を代表するいろんなデベロッパーが視察に来てね。パクられもしましたけど」
糸井「一つ一つの植物の説明文を清順君が書いているんですけど、あれは知識だけでは書けない。 マダガスカルの子供が食べるおやつっていうのは図鑑に書いているようなことではなくて、足で稼いだり、危険な目にあったり、現地の人に親切にされたり、騙されたりしてるんですよ」
西畠「僕8割ホテル暮らしで、海外にも年間90日から100日行ってます。現地に行って学べることって多いんで。 マダガスカルでは、サボテンがはびこっていて、なんでかなあと現地に行ってみたら、子供たちが熟したサボテンの実をおやつに食べてタネを地面に吐き捨てていて、これか!って」
西畠「僕が今回1本の木を持ってきて、なんだあいつはとか、生命を軽く思ってるって言われてますけど、一方で地球上では1個の開発で何千本、何万本、何百万本という木が切り倒されている現実が事実としてあります。 だからこの木を持ってくるのが普通ですってことを言いたいのではないですけど」
西畠「今回この木を持ってくるって言った時に、かわいそうじゃないのかとか、わざわざ持ってこなくてもいいんじゃないかって意見もあったんです。 実際、樹齢150年、300年の樹木は毎日のように売買されてますし、本も鉛筆もテーブルも木ですし。 富山県だけで年間1万本近く出荷してます」
西畠「日本全体ではその100倍くらい。そのなかの1本がここにたってるわけですど、いいアンバサダーになってくれたなあと思ってます」
糸井「ここにいる人は、そんなことだろうとわかってると思うんですけど、これからぜひ知ってほしいと思うことが僕にはあって」
糸井「さっきのようなマダガスカルの子供がタネを吐き出す様子みたいなことを見てきた人、こんな人いないんですよ。 研究者のような人はいるかもしれないけど、世界中の植物の大使みたいな役を何十何年間かしている清順君の、その根っこの部分をみんなが見るいいチャンスだと思うんだよね」

クリスマスツリーの今後の予定の話

糸井「さっき聞いたのは、なんだったらこの木を買おうか、っていう人がいるんだって。生木のままで立てることができるんだったら、みんながそうしたほうがいいと思うんだったら、そうしないと納得しない人がいるんだったら、俺が買おうかっていう人がいるんだって」
西畠「います。複数います」
糸井「ここから運ぶのもたいへんだけど、その費用ももつ、っていう人がいるらしいんだけど、それは嫌だって言ったんだって。 もともとこれは植え替えた時に確率として5割生きるチャンスはないっていうものなんだって。今年いっぱい青々しているためには今の根っこは必要なんだって」
糸井「でもそれ以上生き続けるにはそんなもんじゃダメなんだって」
西畠「この木を買い取ろうかって言ってくださっている方が複数名います。2億、3億のお金がかかることをご存知な上で、それでも清順君が困ってるなら買い取ろうかって言うてくれるわけですよ」
西畠「最悪枯れてもいいよと、生きる率が1割でも2割でも残るなら買い取るよって言ってくれてる。 僕が、はい、って言ったら一言で借金返せるんですよ今回3億借金しましたけど、そうしたほうが楽ですよ。それで話もおさまるし。でも違いますと丁重に言いました」
西畠「この木はいただくことをテーマにしている。それのほうがメッセージが伝わる。人間の行いっていうのはそれだから。 切り身の状態の魚を平気で食べてるけれども、魚に刃入れるときはかわいそう。 トルコではガーデンレストランでヤギを注文したら、その場でヤギさばきますからね」
西畠「僕はべつに何様になったつもりでもなくて、ごく当たり前のことをプレゼンテーションしたいだけです。 かっこつけていいますけど、楽なほうを取らなかったんです。 買ってもらってたら、いい人に多分なれます。また仕事も増えます。でも、しんどいんですけど、あえて切る
西畠「いただくってことをテーマにしてるから、と説明させていただきました。 ロックフェラーセンターみたいにブスッと切って、あと芯材だけ使って捨てるのではなくて、全部使いたいんです。みんなで使い方を考えるのが一番面白いと思ったし、見てもらったほうがみんな真剣に考えるやろと」
西畠「だからあえて根っこつけておいたら、植えたほうがいいんじゃないの、いや植えても育たないだろう、あんな根っこじゃ小さすぎて育たないよ、針葉樹だからもしかしたらとか、みんな考えるわけですよ。それが狙いだった。だから根は付けた
西畠「一年前からちゃんと根回しをして準備してた全部脚本を書いてた。思ったよりひどいこと言われましたけど。でもそれも含めて、木がかわいそうだって直感的に思った人にはすごい感謝していて。それはすごい心の優しいことだから、どうかその気持ちは大事にしてほしい」
西畠「材木になる前に一回クリスマスツリーでありえないくらいまぶしく輝いて、いろんなことを伝えて、そのあと何かに変わっていく、それも一個の用途でなくていいんです。 たまたま生田神社さんの鳥居になるっていう話が、かれこれ5ヶ月くらい前からありました。それも一部で10分の1も使いません
西畠「あと何に使うかはみんなで考えるほうがいいんじゃないかって。 点灯式で一般の方から言われたのは、私たち一般の人が手に届くような素朴な普通のものにしてほしいですって。なんていいことをいうんだろうって、やっぱり記念品にしたいなって思ったりとかね」
西畠「みんなで考えてること自体に価値があるから。木のことを考えたことがない人が、この木をどうすればいいかって、一生に一度くらい考えるチャンスがあったっていいじゃないですか。 根っこのような見えない部分が面白いと思うんですけど、僕の根っこも少しずつマイペースで見せられればいいかな」

木の運搬の話

糸井「どのくらいの分量の根っこを持ってくるかはどう考えるの?
西畠「だいたい経験です。幹の太さで根鉢の大きさを決めて、この木ならこれくらいの根を取れば大丈夫だろうと」
西畠「根回しって言葉は植木のテクニックが語源になってますけど、いざ木を動かそうと思った時にタイミングが悪かったら枯れちゃうんですよ。だからあらかじめ根を切っておいていつでも動かせるようにしておいて、いざっていう時に木が動かす。 それと同じで僕も根回しはしてました」
西畠「僕がしてたのは、この期間もってもらうための根回しであって、移植するための根回しではない
糸井「もし移植するための根回しができるとしたらどれくらいの大きさになるの?」
西畠「この木なら2、3年がかりで、直径5mくらいの巨大な根鉢になります」
西畠「そうするとヘリで飛ばすしかない。道路通れないんですよ。道路の高さは4.2mまでにおさえなきゃいけないんです。トラックに乗せて4.2mの高さにおさまるのが限界。だから必然的にあの木は移植できないのは決定していた。植木の業者さんだったらわかること。一般の人ではわかんないですよね」
糸井「話を聞いていた僕なんかでもそういう知識が全然ないから、どうなるのが一番いいんだろうとか、つい知らないままに考えてしまう。 面白かったのはガードレールをずらしてくれたって話。そのへんみんな知りたいんじゃないかな」
西畠「北陸新幹線運んだ時よりもまだ5m長いんですよ、この木。それをトレーラーで運ぶのに、スーパーコンピューターで全部の曲がり角計算して、どうしてもこのガードレール邪魔よねとか、この電柱に引っかかっちゃうよねと。で、電柱を抜いてくれたんです。さすがにお金は僕払いましたけど
糸井「行政が例外処理をするほど、たいへんな事業だったってことだよね。コツコツとカーブについて計算している人だとか、その人たちの全部の思いがここに立ってるわけですよ。 みんな簡単に言うけど、コイツは恐ろしいなって僕は思うんですよね」
西畠「何千人という親方がいて、全部を最終的に取りまとめました。 7万人来てくれたって言いましたけど、音楽フェスなら最大級の規模ですよ。普通はイベントの主催、運営、手配、設営、別々の会社なんですよ。僕らは一社で全部やった。でも超プロの方々にサポートしてもらって初めてできたことです」
糸井「船で嵐にあったんだよね。映画にしたらおもしろいだろうね。終わったことだから言えるけど、船で運んだ人嫌だったと思うよー」
西畠「陸上輸送ができて、港に着いて、積んだと思ったら4mの高波で、緊急避難で島根の港に止まったんですよ。一晩か二晩か」
西畠「すごいハラハラして、設営が間に合わないと。綿密なスケジュールで全部崩れると思って、波が3.5mになったら行ってもらえませんか、とか訳の分からんこと言いまくって。なんでこんな時に限ってこんなんなんやろうと」
西畠「11月9日に山から降ろす時も、富山の人にここらへんは台風なんてこないからと言われてたのに、未曾有の台風で。小学校のぶっといヒマラヤ杉が倒れたり、現場の電柱が無茶苦茶になったり、現場が陸の孤島みたいに。木を救いに行きたいのにライフラインが整ってないから重機も入れられなくて」
西畠「ライフラインを復旧している人たちに、木を助けなければやばいんです、なんとか15分だけでいいから僕らを通してくださいって頼みこんで、レッカーを通してもらった 木がひび割れてきてたから必死でギブスをはめたり、怒りのランボーみたいにぐちゃぐちゃになりながら。本当に自然てすごい」
西畠「というようなプレゼンテーションを、苦労したから値打ちがあるっていう意味じゃなくて、大きなことをやろうと思ったら、繊細なことや、人の助けが必要なんです」
糸井「すっごく繊細なことと、すっごく大博打みたいな決断と、こんなんなって混じってるね」
西畠「ほんとそうです」
糸井「じゃあここに木が立ち上がったときなんか、終わったかのような気持ちだったんだね」
西畠「無事に着いたときはすごい感情になりました」

批判とお金の話

糸井「彼をずーっと見てきて多少なりとも知ってるんで、なんか(批判されて)あったときに、バカヤロー植物についてどれだけコイツは格闘してきてると思ってんだ。本気度が違うんだから、って思った。僕なんかにもついでにどっかから金持ってきたとかずっと言われ続けてる」
西畠「一部ネットでね
糸井「いいよ、相手にしなくて。最初に返そうって気持ちは大事ですっていうのはほんとなんだけど、どっかのところで本当にそれに根っこから人生かけてる人と、うんあれは、みたいな人とは違うからと、ずーっと思ってたんで。わさわさしてる時に昔書いた文章引用されてガチャガチャしましたけど」
糸井「本当にみんなが直感的にわかってくれたことと、地面の下にある根っこが重なったって思いがあって、本当に良かったなあって思うんですよね。清順君が初めての自前でやろうと思ったことが、おそらく失敗するわけですね。経済的に」
西畠「ははは。元々経済的に成功するとは思ってないです」
糸井「成功してもよかったと思うよ。3億借金してもさ、30億儲かったらそれはそれでいいと思うんですよ。紀伊國屋文左衛門がミカン運んだのと同じだからさ。儲かったっていいじゃない、べつに」
西畠「木こりさん、大工さん、家具屋さん、植木屋さん、みんな木を切って儲からなければならない」
西畠「今回は目的が違いますけど、究極のことを言うと、この木が10億だった、30億だったということになれば素晴らしいことなはずなんです。
木をあんなふうに伝えて、こういうふうにしたら経済的にもすごく潤った人がいるんだっていう事例は僕だって作りたい。それに対して悪も善もない」
西畠「僕は植物でご飯を食べさせてもらってるし、今日こうやってみなさんと会ってるのも、糸井さんと知り合えたのも、全部植物がもたらしてくれて、植物のおかげなんです。
複雑な家庭環境に生まれてお金も苦労してたんですけど、自分で食べていくために植物を育てて、何百万本かの木を植えてきた」
西畠「1回だけ欲が出て、今回は人の役に立ってみようかなって、自分のためだけじゃなくて、初めて自分の仕事が人の役に立ったらと。世の中には机上で環境とか自然のことを語る人は多いけど、リアルに伝えてみてやろうかなっていう欲が出てきて、お金はべつにいいやって」
糸井「ぜひ儲けてほしい」
西畠「いつかはね。これが終わったらまた植物を売って、植物を植えて、雇ってくれる人の仕事をしていくだけのことなんですけどね」

未来の事を考えているという話

糸井「大阪には緑が無いですよね。あんな街作っちゃってよかったのかって今の人は思うけど、戦後、復興しなきゃならないって時には、ああいうふうに作ったんですよね」
糸井「今は緑の計画をしながら都市計画しますけど、あの大阪を作った時は緑とかいうよりは住むに困ってる人たちの家を作ろうよと。
神戸の復興するプロセスでは、どのくらい公園を残すか緑地をどうするっていうのはたぶん計画にあったと思うんです」
糸井「それくらい植物と人間の関係はあるパーセンテージを行ったり来たりしてるようにできてるんで。
そこまでが都市計画だっていう時代がみんなわかってる時に、植物のことを仕事にする人がこれからどんどん増えてくと思うんですよね」
糸井「いま清順君がやってるようなことって、将来、あの頃からああいうことをやって植物が普通に必要だってことをわからせてくれてたんだ、ってなる」
西畠「植物で世の中を変えるって大真面目に言ってるんですよ。お前なんぼのもんやねんって思われるかもしれないですけど、でも本当にそう思ってる」
西畠「最低これくらいのことをしないと世界は変わらんと思ってる。何百万人どころじゃないくらいの人がこの木に関心を持っていて、感情移入をしてくれている。一本の木にここまで人が関心や感情を持ってるってことは、歴史上でも絶対稀有なことだと思うんですよ」
西畠「僕より木を切ってる人がいっぱいいる中で、矛先が僕だけに来ているっていうのもチャンスだと思ってるんです。だから覚悟の上で植物をプレゼンテーションしていくこれが始まりだと思っている。これから100年後とか200年後とかに、あいつがいたから植物って見直されたよなって
西畠「緑って大切だとか守らきゃとかって浮かんだ人は変わっていくと思うんです。最先端テクノロジーが発達していく世の中で、どれだけ有機的な考え方ができるかっていうのが絶対大切。土の匂いとか木の肌触りとか木陰の心地よさとか、植物屋としては伝えたい」
糸井「ぜんぶ時間が必要な仕事なのな。でっかい木を1本持ってくるっていうのは、それはそれでその時間なんだけど、木って育てないと根付かないじゃない。それには必ずかかる時間がある」
西畠「物事も同じで、理解してもらうには時間が必要」
西畠「その時間というのは歯痒いんだけれども、その時しか学べない感覚もあるから、それは勉強になるなって思ってる」
糸井「子供を育てたことのあるお父さんお母さんは知ってますよね。やっとおっぱい飲んでる時から歩き出して生意気なこというようになってさあ。おたくの子も育ってますけど」
糸井「昔のことってどんどん忘れていくけど、あるとき繋げて見るようになったら、すごい時間があったんだなあって。効率優先でいろんなことを話し合ってばかりいる時には気付きにくい」
西畠「植物を触るっていうのは気の長い仕事だし、先を読んで、未来を想像しないと、絶対植物は触れない

質問その1

糸井「ムード的に終わる感じになってきましたね」
西畠「質問とか聞きたいことがあったら勇気を出して。じゃあ、お母さん、どうぞ」
質問者「阪神の西宮駅の南側に清順さんが手掛けられた小さな公園があるんですけど、そこにあるオリーブの古木はどのように育てておられるのでしょうか?」
西畠「スペインから持ってきた木なんですけど、日本は居心地よくて最高やわぁ、と木に思わせるためにいろいろ土の中を工夫してるから原産地より元気になってます。これ以上言うとテクニックがバレるんで」
糸井「みんな西宮のその公園見たくなってますよ。そういうのをいっぱいしてきてるんだよな」
西畠「意外とね、こう見えて、みんなに緑の潤いを与えてるんんです」
糸井「金のためならなんとかみたいに」
西畠「ネットに書かれてますけど」
糸井「同じ人物が言われてる話だからね」

質問その2

西畠「他に質問のある方」
質問者「今あったかいお話聞けて、今まではそういうイメージで西畠さんのお仕事を見てたんですけど、今回のは、“輝け、いのちの樹”というコピーがついてて、あれは糸井さんのコピー?」
西畠、糸井(違うという動作)
質問者「(糸井さんのコピー)ではないんですね」
質問者「命が輝くっていうのが震災のテーマで、今までのお仕事は木を元気にさせて命を輝かせて、それを見てみんな元気になるっていうお仕事だったと思うんですけど、今回は運ぶのに根の大きさが決まってて、終わる命の輝かせ方じゃないですか、そこが受け取る方は難しいなって思ったとこなんですけど」
西畠「こういう質問をしていただけるのが一番うれしい。
コピーは、3、4人のコピーライターの方から書いちゃろかってオファーがありました。でも自分で書くって言いました。ちなみに糸井さんには言ってません。僕がお願いできるような方ではないので」
西畠「コピーはいっぱい考えました。そのなかで一番勇気のいるコピーでした。逃げないど真ん中のにしました。点灯式の1万数千人の前で勇気を出して言いました。今回のプロジェクトは命について考えてもらうためのプロジェクトだ、って」
西畠「これを言うっていうのは、お前天然かとか、お前が言えるのかとか、いろんなこと言われるのをわかってて、ずっと言い続けてきました。
それに対して点灯式の会場に集まった人が、ワーって言ってくれました」
西畠「例えば、お茶を習う人が先生に対して、この作法はなんでわざわざするんですか、って聞いた時に、先生が、これこれこういう意味があるからって教えるのも先生の役目かもしれないけど、意味を教えずにこういうものとして身につけなさいという先生もいる」
西畠「今みなさんそんな感じなんですよ。なんであえてこんなふうにしてんのかなって、そこで先生が最初から意味を教えたら面白くない。でも半年後に自然と作法の意味に気づいたとすると、その気付きっていうのは一生残ります」
西畠「だからあえて言わなかった、だからあえて未定にして、自分が非難されることもわかっててこうやりました。震災復興とかに関してははっきり言って僕自身も被災者で、おばあちゃん子で隣のおばあちゃん家が全壊して、初めて人の死を意識した瞬間でした」

今回のプロジェクトは成功しているという話

西畠「一緒にやってる神戸市の職員の方々、ありとあらゆる神戸中の企業の人たちが協力してくれている。みんな(震災を)経験してるんです。その人たちが集まってイベントする時に、しかも鎮魂の意味を込めてやってる光の祭典ルミナリエと同じタイミングでやる。うたわないほうが不自然」
西畠「当事者たちが集まってやってる祭典なので、これはもうど真ん中で私たちはこれを伝えていこうっていうのが一番逃げなくて、一番覚悟のいるコピーでありテーマ。そういうことかって(理解する人が)増えてきたのがまた嬉しい」
西畠「僕のことを応援してくれてきた方々や、きっと清順ならなにかあるんだろうってついてきてくれた人、大丈夫なのかなって思ってくれるのもすごく心がある方で、嬉しく思ってます。こういう会話ができること自体が僕にとっては値打ちがあることだし重要なこと」
西畠「説明不足っていうのは、あえてやってたこと部分もある。生意気な言い方しますけどね。あえてやってたんですけど、想像以上にひどいことは言われましたけど。誹謗中傷はおいといたとして、すごく成功してる。それでも7万人の方が2日間で来てくれて、これから何十万人と来て伝わったらいいな」
西畠「あとは木を見て、この木にメッセージがキラキラ光ってるのを見てくれたら、少しずつわかっていくのかなと僕は思ってますけどね」
(会場拍手)

わぁ、なんて!の意味の話

西畠「やばい、ええ話で終わっちゃったから、なんかボケたくなってきた、どうしようかな」
糸井「今日の対談、タイトルどうしましょうかって相談があって、何がいいかわからなかったので、“わぁ、なんて!”としたんです。
人は“わぁ、なんて!”って言いたいんですよね。クリスマスプレゼントをもらった子供が本当に気に入った時には、いいとか悪いとか超えて、わぁ、なんて!って」
糸井「わぁ、なんて!の後にはなにがつくんでしょうね。いいんですよ、なんでも。いつでも、わぁ、なんて!っていうのが人の心を育てていくものだと思うんですよ」
糸井「ニューヨークのエンパイアステートビルも、当時の建築の流れからすると下品なビルだった。有名な下品なビル、大金持ちが勝手に作らせたへんなビルだった。
当時流行ってた機能的なシンプルなビルは、結局よくあるねってなってしまって、みんなが覚えているのはエンパイアステートビル」
糸井「そういうことが人間がやってきたことの根っこにあるものだと思うんですね。
ピラミッドもそうで、初めてミラミッドの前で朝を迎えた時に、こんなものは奴隷に無理に作らせることはできないって思った。こういうものを作りたいっていうすごい数の意識がないとあんなもんできないですよ」
糸井「奴隷がいやいやピラミッドを積み上げたっていう説は違うなって思った。逆があるんです。万里の長城。あれは観光地として見せてる部分以外はほとんどボロボロなんですよ。こんなもんでよかんべ、って作ったものなんです。それはあの長さとか数字が目的でとってつけたものだったからなんです」
糸井「どんなに工程がどうのこうのってあったとしても、みんなが、わぁ、なんて!っていうのを作ってきたものが、今でも僕らの心を打ってる」
糸井「奈良の大仏もそう。疫病が流行った時に仏様を大きく作れば治る、っておかしいじゃないですか。それが焼けてもまた作り直してる。今何の関係のない鹿とかが煎餅をもらってね。それだけの長い時間と大勢の人たちを、わぁ、なんて!って言わせるものがみんな欲しいんで」
糸井「それをそら植物園が1本の木で表現することはこれで終わったんで、次なにすんの、と。もしかしたら、あたり一面をなんかするのかもしれないし、室内をなんかするのかもしれないし、まったくわかんないですよね。もしかしたら植物を使ったスポーツかもしれない。口から出まかせで言ってますけど」
糸井「踊りと植物かもしれない」
西畠「いきなり俺がK-1に出場するかもしれない」(笑)
糸井「こいつらは今これしかできなかったんだな、くらいに思ってくれたほうがおもしろいんじゃないかなあ」
糸井「地方でどうお金をつかっていいかわからないとか、人がどういうものを喜ぶかわからないという人たちから、ここ(西畠清順)にたくさんまた依頼が行くんですよ。そん時に、わぁ、なんて!っていうのをやるヤツだってことを、、、選挙演説のようになってしまった」
糸井「点灯を前にして、心に留めていただければと」
西畠「やばい、点灯が始まるみたいです」
糸井「では終わりましょうか。ありがとうございました」
(会場拍手)
西畠「みんなで見に行きましょう」
(終わり)

今回の対談に対する意見


https://twitter.com/tarenomi/status/938280936558530560

随時更新します。

根っこについて

根っこ

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーについて 追記:2017.12.7

大阪芸大の純丘曜彰 教授が書かれていた 
2017.11.24 バカ世界一のクリスマスツリー:ロックフェラーセンターと神戸の違い
に、ロックフェラーセンターのクリスマスツリーの由来について書かれていましたので、
引用させていただきます。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーは、いまから百年前、ニューヨークのメトロポリタンオペラが、新しい、大きな劇場を必要としたことがきっかけだった。
しかし、当時すでにニューヨークは大都会となりつつあり、空いている土地など無く、地価も法外に高く、どうにもできない。この窮状を夕食会で聞き及んだ大富豪JDロックフェラーが、地域の文化振興のため、自分がなんとかしよう、と乗り出した。
それも、彼が考えたのは、ラジオ放送が可能な、新時代を先取りするエンターテイメント・メディアコンプレックス、「ラジオシティ」だ。

 と言っても、空いている土地そのものが無い。
唯一、可能性があったのが、コロンビア大学の庭園。
ここは、1801年にできた、米国最初の植物園だった。
交渉は容易ではない。
くわえて折悪しく、ちょうどヨーロッパの第一次大戦後の惨状の裏返しで、遠く離れ、戦争の影響を免れた米国は好景気に沸き、とくにその中心、ニューヨークには次々と超高層ビル「スカイスクレイパー」が林立。
建設費は飛躍的に高騰し、ロックフェラーのラジオシティ計画は困難を極めた。

 だが、1929年10月、バブルが崩壊し、世界恐慌へ。
あれほど工事だらけだったニューヨークは、翌30年、静まりかえり、うなだれた失業者たちが街に溢れかえった。
もちろん、ロックフェラーも、地獄の底が抜けるほど、損失を被った。
ところが、彼は、街のあまりの惨状を見て、庭園を持つ大学と話し、全財産、全使命を賭け、恐慌の前に構想されていたラジオシティ計画をそのままあえて強行したのだ。

 この壮大な巨大プロジェクトによって、多くの失業者たちが建設の仕事にありつくことができた。
百三十年以上になる貴重な植物園の木々を切り倒し、そこにビルを建てることで、自分たち、そして家族たちが、この寒い冬を生きながらえることができる。
1931年のクリスマス。
建設現場の労働者たちは、ひとりひとりが自分たちのカネを持ち寄り、飾りを手作りして、深い感謝とともに、一本のモミの木をクリスマスツリーにして祝った
そして、それがその後、あの「冬」を忘れまい、と、伝統になった。
「ラジオシティ」は、恐慌に立ち向かったロックフェラーの勇気と偉業を讃えて、「ロックフェラーセンター」と呼ばれるようになった。

なんと、そんな歴史があったのですね。
これは、神戸でいうところのルミナリエと同じです。
やはり、最初は地域の人が作るもんなんですよ。

ライフラインを復旧している人たちに、木を助けなければやばいんです、なんとか15分だけでいいから僕らを通してくださいって頼みこんで、レッカーを通してもらった について

今回のプロジェクトも、他所から来た人が作ると、過去の歴史を蹂躙することになりかねないという教訓にならないようにしてほしいですね。

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