神戸市の移り変わりと今の市長

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神戸市の移り変わりと今の市長

2017-10-04

私は神戸の海側の西の端で生まれ、今は海側の東の端に住んでいます。
産まれた時から40年以上、ず~っと神戸で、大学も就職先も神戸でした。
子供の時の神戸を思い出すと、今の神戸とはずいぶんと違っていて、どうやら最近、街の雰囲気や景色が変わってきたように思います。

大阪の食い倒れ 京の着倒れ 神戸の履き倒れ

昔から、
大阪の食い倒れ 京の着倒れ 神戸の履き倒れ
ってよく言います。
京都着る物に金を掛ける見栄っ張り、大阪は着る物なんかよりも食い物に金を掛ける食いしん坊、神戸は坂が多くてすぐに履物が壊れてしまうって意味です。

また、履きだおれの由来に関しては、神戸はアシックスなどのケミカルシューズの街でもあるから。という説もあります。
最近、アディダスも開発拠点を神戸に設けました。
アディダス 神戸にシューズ開発拠点 独以外で初

昔から、色々なものの発祥の地としても有名です。
ボーリングや、カラオケマラソンゴルフなどなど、たくさんのものの発祥の地と言われています。
昔から、ハイカラな街おしゃれな街として知られてきました。
また、パン屋さん洋菓子ケーキ屋さんも多い街です。

神戸の地形

神戸の南側の地形は、北は六甲山、南は海と、「山さえ見えたら道に迷わない」と言われているほど、海と山が近いコンパクトシティーです。
山と海に挟まれた東西に細長い地形に、垂水区、須磨区、長田区、兵庫区、中央区、灘区、東灘区があり、六甲山を超えて北側に行くと、田園風景やベッドタウンが広がっている、北区と西区があります。
中央区にある大丸神戸店にある案内板にも、「山側・海側」の表示があります。

港としての神戸

神戸は今年、開港150年を迎え、久元市長はいろいろな事業を展開しております。
その中にはいろいろと問題のあるものも多くあります。
問題提起の前に、神戸の港とはどんなものなのか?を知る必要があります。
私のメルマガに、神戸の港について書いたものがありますので、それを加筆・修正してご紹介したいと思います。

神戸市ってどんなところ?

2013.9.27 発行 no.21

みなさんは、神戸市って聞くとどんな印象があるのでしょうか?
神戸市は人口154万人の大都市(全国の指定都市では5番目の規模)であり、1868年の開港以来、わが国有数の国際港湾都市として発展を続けてきた街です。
海からすぐ北側に標高1,000mの六甲山系が並び、山麓から臨海部に広がる市街地に人口の7割にあたる約100万人が居住する、コンパクトな都市構造を有します。
また、阪神淡路大震災を経験したことにより、防災都市復興を遂げた街として、たくさんの震災の教訓を世に残しました。

この神戸、201年生田神社長田神社の創建からはじまり、平清盛勝海舟初代兵庫県知事の伊藤博文などの偉人がたくさん絡んでいる街です。

が、それを書いていきますと本になっちゃうので、今回は簡単に、これまでの70年ほどの「港」としての歴史と、現在の神戸を書いていきます。

技術屋の原口市長時代

この街の平野部は東西に広く、南北に狭いため、東西に細長い貿易港として栄えてきました。
港の形状は時代とともに変化します。
六甲トンネル、ポートタワー、明石海峡大橋などの構想や調査、ポートアイランドの整備などを行ったことから「技術屋市長」との異名をもつ原口市長の時代から、神戸の港は四角形、長方形の埋め立て地による港へと変化していきました。
今のポートアイランド六甲アイランドです。

株式会社神戸の宮崎市長時代

そして、原口市長から事業を受け継いだ宮崎市長は、1981年、地方博ブームの先駆けとなる「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア’81)」を開催して成功させました。

これらに代表される宮崎市長の都市経営手法は、「株式会社神戸市」と称され全国の市町村から自治体経営の手本となりました。

時代とともに貿易のあり方も変化していきます。
船から飛行機、トラックへと輸送手段が変化していきます。

そんななか、貿易港として栄えた神戸の街にも「空港」が必要との意見が出ました。
宮崎市長は「空港なぞ要らない。」との立場でした。
そして、泉南に空港を奪われ、泉南には「関西国際空港」ができました。

後に、宮崎市長は

あれは間違っていた。神戸にこそ空港が必要だった。

と述べたと聞いています。

阪神淡路大震災

時代は変わり、市長は神戸市職員として神戸のまちづくりに尽力してきた笹山市長へと引き継がれます。
都市に密着した空港が必要だ」との方針で、神戸空港の建設に着手します。
1993年に現神戸空港が国の第6次空港整備五カ年計画の新規事業に格上げとなりました。

その矢先、1995年、阪神・淡路大震災が起きます。

地震が少ないといわれていた神戸市で発生した大災害ということもあり初動体制の遅れや不備などいろいろなことがありました。

携帯も普及していない時代です。

神戸でこれだけの被害なのだから大阪や東京は壊滅に違いない

との判断もあったようで、他都市への救助要請も遅れました。
それでも、笹山市長は、市長室に一か月半泊まり込んで陣頭指揮をとりました

自衛隊が道路に転がっている車を無断で移動させることもできなかったため、たくさんの救援の車が道が通れず、救援も遅れました。

他人の家を勝手に壊してはいけなかったため、瓦礫撤去もままなりませんでした。

こういう教訓を活かし、

現在では自衛隊は車を移動させることができるようになりましたし、がれきの撤去がスムーズにいくような法律も作られました

それらの教訓は、先の東日本大震災にも役立ったと思います。
そして、神戸は二年半で、がれきの撤去を終わらせたのです。

被害総額は3兆円

神戸市の被害総額は3兆円
いくら、株式会社神戸市と言われた神戸市でも、この被害には太刀打ちできませんでした。

北海道の夕張市に続いて、次は神戸市が破たんする

と言われていました。
たくさんの人件費を削り、たくさんの事をあきらめ、なんとか破たんしないよう、震災の最初の後片付けを終え、2001年、次の市長で現市長である矢田市長にバトンをつなぎます(2013.9.27 当時)

財政再建の矢田市長時代
さて、莫大な借金とともに市長になった矢田市長はまず、財政再建に尽力します。
この市長、口下手ですが結構やり手です。
しかも、何も考えていないようにみえて、先見の明があります。
10年もたたないうちに、財政を黒字化させました。
2006年神戸空港を作りました。

医療産業都市

神戸を支えてきた「」のような「目玉となるもの」をもう一つ作りたい!という構想により、医療産業都市構想日本で初めてぶち上げました。
この医療産業都市、今ではたくさんの都市が構想を掲げていますが、言い出しっぺは神戸です。

医療産業都市として、ポートアイランドに5000人の医療産業従事者を、300の企業を誘致しました。

先端医療センターでは本当に最先端の医療技術を研究・開発しております。
「ここにきて治療が無理なら、どこに行っても無理です。あきらめてください。」くらいのすごさです。

その横には、理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターがあります。
ここには超一流の科学者が集まっています。
ちなみに、私はここで研究してました。

ノーベル賞をとった山中さんのiPS細胞も神戸で生まれました
そして、神戸のこの医療産業都市において、iPS細胞を使用した世界初の治療が行われようとしています。

須磨にありました県立こども病院もここに移設します。
神戸中央市民病院は場所を先端医療センターの横に移しました。
この病院、以前の古い病院と違い、治療室までスムーズに移動できるようになったため、救急患者が治療につくまでの時間が10分以上速くなりました
チャイルド・ケモハウスでは、小児がんの子供が、「家族と一緒に病院生活を送れる」という、ホテル付きのガン治療が行えます。
こんなの今までなかったですね。

また、高度先端医療としての放射線治療も非常に優秀なお医者さんが来てくれてます。
そして、医師の卵が手術技術を学ぶための施設もあります。
3Dプリンタで、患者の心臓や肺を作りだし、どの部分をどうやって手術するのか?を、医師がみんなで相談し、シミュレーションしてから手術に臨む。」というようなオーダーメイド治療も行われています。

また、あなたは何年後にどんな病気になる可能性があるから、こういう食生活をしてくださいね!ってアドバイスをしてくれるような施設もあるんですね。

神戸市民でも誰も知らないような、すごいことがポートアイランで起きてたりするんです。
大学もたくさん誘致されてきてます。

これ、全部、矢田市長のビジョンです。

そして、せっかくの医療産業があり、都心にものすごく近い空港があるんだから、その神戸空港を国際化して、外国人もたくさん誘致しましょう。

何もない荒れ地に、種を蒔いて、ようやく芽が出始めたんだから、それを育ててくださいよ!

というのが、矢田市長が次期市長へ託す未来なのです。

久元市長時代

矢田市長が引退し、次期市長となったのが久元市長です。
この市長、実は兵庫県知事の井戸さんが呼んできました。
なんでかっていうと、次期市長には、樫野現県会議員が有力候補として挙がっていたのですが、この人には結構いろいろあって(この辺はまた書きます)、神戸市は任せられないってことで、久元さんが急きょ呼ばれたという形になりました。

さて、この久元市長ですが、ほとんどすべての事業を、

市民に丸投げ

しております。

どういうことかというと、市民から意見を聞き、その意見を街づくりに反映させていく
という手法を取っています。
一見、ものすごく市民目線で素晴らしいことのように思えますが、実はそうではありません。
なぜかというと、神戸の事をよく知らない最近市民になったような人たちが、「私の思う理想の神戸」を目指して市長に意見をしているからです。

市民の98%くらいは、市に意見なんかしません

しかし、意識高い系の市民は、市長に意見します。
それも、まったく筋違いな意見をしちゃいます。

アーバンピクニック

例えば、アーバンピクニック
神戸市役所の南側にある東遊園地という砂地の広場芝生を植え、市民の憩いの場にしよう!っていう試みです。

東遊園地から南東に200mほど行ったところに、芝生の広場である「みなとのもり公園」があるにも関わらず、なぜか、東遊園地を緑化しました。

この芝生化のために2600万ほどの税金がかかっております。
そして、ルミナリエ会場である東遊園地の芝生は、ルミナリエ期間で人に踏まれて、無くなりました。

神戸・東遊園地の芝生 ルミナリエで再び受難
 神戸市中央区の東遊園地で社会実験として植えられていたグラウンドの芝生が、会場となった「神戸ルミナリエ」(2~11日)の入場者に踏まれ、ほぼはげてしまった。
開幕前から心配されてはいたが、現実のものとなり、市の担当者は「やっぱり残念」。
市は芝の状況を見極めるため、地中の根の長さなどを調べる。(若林幹夫)

 芝生化実験は昨年度に続き今年は約2600万円をかけて面積をほぼ10倍に拡大し、にぎわいの創出につながるかどうかを検証してきた。
市によると、芝生は短期間に繰り返し踏まれると、すり切れた葉が再生できなくなる。
昨年もルミナリエでほぼはげてしまい、芝の種類や土壌改良などを組み合わせて6月に施工した。
(略)

なんで近くに芝生の広場があるのに、わざわざ東遊園地を芝生化するのか?
なんでルミナリエで芝生が無くなるのに、また税金をかけて芝生を再生させるのか?
しかも、これで二度目。
全く理解できません。
しかし、これは、「市民が望んだ」ということにされてしまっています。
実際、神戸市民の99%はこんなことが行われていることを知りません。

パークレット

例えば、パークレット
三宮中央通りに、屋根もないベンチが置かれています。


そして、このベンチが好評ということで、ず~っと継続されています。
神戸市は、

この図のように、

(平成28年11⽉26⽇(⼟)の)利用者数は、644人/10時間(3基計)でした。
最も利用者数が多い時間帯は、14~16時頃で、約120人/時(3基計)でした。

と言っています。
1基あたり、1時間に20人が利用している計算になります。
平日でも、この1/3くらいが利用しています!と言っています。
しかし、わたし、毎日のようにここ通るので、毎日写真撮ってたんですよね。。。
2016年10/19日

2017年4/10日

2017年6/20日

2017年7/17日

2017年7/20日

2017年8/17日

2017年8/18日

全く人が座ってない。。。
そして、ゴミが放置されたまんま。。。
本当にちゃんと調査したんでしょうか???
まさか、「神戸ITフェスティバル2016とかのイベントのあるときだけ」調査したってことはないでしょうね???

BE KOBE

例えば、BE KOBE

なんですかこのデザインのセンスのかけらもないモニュメントは。。。

これがハーバーランドにあるんですよ。。。
ちなみに、私の知り合いの建築関係とかデザイン関係の人にこのBE KOBEについてどう思うか?と聞いたところ、
ダサい。意味がわからない。センスがない。って言って怒ってますよ。

これ、誰が決めたかと言えば、やっぱり、市民なんですよね。
ちなみに、BEの後に地名が来ることは文法上あり得ないし、 「BE KOBE」を直訳すると、「神戸であれ」という意味になりますがって、神戸市が書いていますが、

そんな意味にはなりません

はやく撤去して欲しいです。
そして、その近くにスターバックスが入ったんですよ。

普通に考えたら、神戸ならUCCとか、にしむら珈琲とかでしょうに、なぜかスターバックス。。。
まあ、にしむら珈琲さんには断られたらしいですけどね。。。

なんでもいいから目新しいものをどんどん投入するっていうのは、誰でもできる一番やっちゃいけないことなんですけどね。。。

古いものを壊して、新しいものを作るときは、過去への感謝を忘れちゃダメですよね。。。

神戸の外観を守らない市長

まあ、市民がやったことにしといたら、失敗しても自分の実績には響かないし、成功したら自分の手柄にできるしで市長にとってはいいことづくめなんでしょうね。
けども、私から言わせたら、

神戸の街をこれ以上壊さないでほしい

という想い以外ありません。

彼が市長になってから、たくさんの三宮の喫茶店やケーキ屋さんが無くなりました。
フーケアンテノールといったケーキ屋さんが無くなり、ケーニヒスクローネの入っていた神戸らしい外観の建物には、セブンイレブンが入りました。

三宮の生田神社の半径100m以内に、コンビニがなんと6件もあります。

それらのコンビニも外観を神戸らしくしてくれたらいいのに、市長が外観については何にも言わないため、そのまんまのコンビニが入っています。
また、駅前の再開発と称して、全く駅前ではない部分を大改修したりしております。
そして、三宮の再整備基本構想として、生田神社を含む全域を「車乗り入れ禁止」にしようとしております。
そんなことをしたら、今ある商店街は全滅するでしょう。
だって、物資の搬入すらできないんだから。。。
まあ、これは、現実にはできないでしょうけどね。。。

先日、こんなイベントが公表されました。

港に樹齢150年の巨木でXマスツリー 神戸、全長30m リンク切れ
神戸・メリケンパークに今冬、全長約30メートルの生木のクリスマスツリーを立てる計画が進んでいることが3日、関係者への取材で分かった。珍しい植物を追い、世界中を回る「プラントハンター」の西畠清順さん(36)=川西市=が企画。

なんで神戸市の事を川西市が。。。
もう、わけがわからないですよね。。。
神戸の事を思ってやっているとは到底思えません。

政教分離を間違っている

神戸の名前の由来は、生田神社です。
生田の神を守る家、神戸(かんべ)が由来となって神戸という地名が生まれました。

しかし、久元市長は、神社が嫌いらしく、正月にも生田神社にお詣りをしません

また、みなとまつりの神事にも参加しません

なんでも、政治と宗教を完全に分離しているようです。
が、神社にお詣りに行かないって、どうなんでしょう?
生田神社さんも、こんな市長は初めてだと言っておりました。
ちなみに、井戸知事はお詣りします。
前市長の矢田市長と井戸知事は一緒にお詣りしていたそうです。

生田神社が嫌いだから、生田神社周辺の再開発はしないのかなぁ。。。
なんにせよ、私が一番おかしいと思うことは、これなんですよね。。。

できたら、市長、変わって欲しいですね。。。
まあ、代わりの人もいないんですけどね。。。


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