安定ヨウ素剤の代わりにイソジンを飲むと良いってホント?
2018-06-29
2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。
そして津波による電源喪失で、福島第一原発より放射性ヨウ素が大量に放出されるという事故が起こりました。
その時に出てきたお話が、「安定ヨウ素剤の代わりにイソジンを飲む!」というものでした。
Contents
安定ヨウ素剤の代わりにイソジンを飲む!という行為がなぜダメなのか?を解説する前に、基本的な知識をおさらいしておきたいと思います。
放射性ヨウ素とは?
まず最初に、放射性ヨウ素とは何なのか?ってことをお話します。
簡単にいうと、人間ののど仏の下にある甲状腺に貯まるヨウ素の放射線を出す同位体です。
甲状腺は、ヨウ素を材料にして甲状腺ホルモンを作る機能があります。
甲状腺ホルモンは、胎児の発育や子どもの成長、新陳代謝を促進するといった作用のあるホルモンです。
この甲状腺ホルモンを作るためにヨウ素は甲状腺に貯まっています。
もし、放射性ヨウ素が体の中に入ってくると、放射性ヨウ素も普通のヨウ素と同じように動くので、甲状腺に貯まります。
放射性ヨウ素が普通のヨウ素と違う点は、放射線を出すという事だけです。
なので、放射性ヨウ素が甲状腺に貯まると、放射線を出し、その周辺の細胞を痛めつけて、甲状腺ガンになる確率が上昇する。ということになります。
しかしながら、
身体の中では、放射性ヨウ素が出すβ線は1~2mmくらいしか飛ばない
ので、甲状腺以外の器官や臓器を傷つけることはほぼありません。
放射性ヨウ素によって過去に大量発生した甲状腺ガンの例
放射性ヨウ素は核反応によってつくられます。
なので、原発でも作られます。
福島の事故以前に、原発から放射性ヨウ素が大量に放出され、甲状腺ガンが多発する。と言った出来事が起こりました。
それが、チェルノブイリの原発事故です。
チェルノブイリの原発事故
チェルノブイリ型の黒鉛炉の原発は、燃料棒を守っているのが圧力容器だけでした。
格納容器が無かったから、燃料がメルトダウン後すぐに水に接触して、水蒸気爆発を起こして、大量の放射性ヨウ素を含む放射性物質をまき散らしました。
チェルノブイリの場合は、電源喪失事故が起こった時のための実験中の事故ですから、電気がありませんでした。
電気が無いため、電気で出し入れする制御棒を入れることができず、核分裂の暴走(臨界)が止められなかったようです。
チェルノブイリは
核反応が暴走
↓
メルトダウン
↓
燃料が水に浸かる
↓
水蒸気爆発
といった過程を踏んで爆発しました。
水蒸気爆発はものすごい威力なので、成層圏にまで達する爆発を引き起こします。
ですので、放射性物質が風に乗り、遠くの地まで運ばれていきました。
原発事故をソ連が隠ぺい
当初、ソ連政府はこの事故を隠ぺいしました。
原発施設周辺住民は避難措置も取られず、数日間、事故も知らぬまま通常の生活を送り、高線量の被ばくをしました。
事故の翌日、スウェーデンのフォルスマルク原子力発電所が、あれ?なんか高線量の放射線が検出されるんだけども???と放射性物質の存在に気付き、不思議に思い、調査を始めます。
この調査隊が「放射性物質はソ連から来てるぞ?」と発表し、ソ連は事故から二日後にこの事故を認めました。
事故直後の様子
爆発直後、黒鉛炉なので黒鉛が燃えました。
ものすごい火柱が上がったそうです。
そして、すぐに消防隊員による消火活動が行われました。
消防隊員は、普通の火災事故だと知らされて、消化活動を行ったようです。
火災の鎮火のためだ!と命令され、放射線の遮断の為にホウ素を混入させた砂が原子炉に投下されました。
投下にはヘリコプターも使われましたが、原子炉のキャビンの上から人力での投下も行われたみたいです。
排水のため、放射性物質を多く含んだ水中へ原発職員3名が潜水し、手動でバルブを開栓する作業も行われたようです。
作業員は大量に被曝したはずですが、その後の消息は不明です。
また、原子炉の暴走を食い止めるために、減速材として鉛を大量投入します。
液体窒素も投入しました。
この、鉛や黒鉛が健康被害に影響を及ぼしたのでは?との見かたもあります。
消火活動の途中から気分が悪くなりおう吐するものが続出し、17人の消防隊員が病院へ運ばれ、このうち6人がモスクワの病院で死亡しました。
急性被ばくでの死亡でしょう。
そうこうして、10日後の5月6日には、なんとか核の暴走が止まったようです。
10日間、原子炉は制御不能だったわけです。
事故直後の被害状況
1986年8月のソ連政府の報告書に基づくと、事故直後約300人が病院に収容され、約240人が急性放射線障害と診断され、そのうち放射線障害で死亡したのは28人だということです。
その後、爆発した4号炉をコンクリートで封じ込める石棺づくりのために、延べ80万人の労働者が動員されました。
この石棺、一度作ってしまえば中に入ることはできませんので、中の様子がわかりません。
完全放置しかありません。
マトリョーシカみたいに原子炉をコンクリートで覆っちゃうので、開けることができません。
現在も石棺の中に数名の職員の遺体が残っているらしいです。
そして近年、このコンクリートが劣化してきているため、この石棺をさらにコンクリートでマトリョーシカ状態にして覆う作業を開始しました。
チェルノブイリ原発を「石棺」ごと巨大なシェルターでスッポリ覆う作業が開始、5日間かけて全体を移動
チェルノブイリの事故はまだ収束していません(っていうか、収束させる手段がない)ので、永遠に立ち入りができないでしょう。
放射性ヨウ素を大量に身体の中に入れてしまった人々
チェルノブイリには、プリピャチ市という、原発で働く職員のために作られた5万人程度の街がありました。
プリピャチ市は原子炉から3kmぐらいの距離にあります。
事故の翌日の放射線量は、3,000μSv/h~10,000μSv/h ぐらいだったようです。
そこに、五万人が住んでいたんですね。
事故による高濃度の放射性物質で汚染されたチェルノブイリ周辺地域は、事故翌日の27日から5月6日までに、30km圏内の約16万人が避難しました。
しかし、ツイッターも携帯もスマホもPCもない時代です。
住民は、なぜ避難しないといけないのかすら理解できてなかったでしょう。
当時のソ連は、原子炉の事故の被害を隠していました。
政治的なものがあったのでしょう。
そして、爆発から5年後、1991年12月25日ソ連が崩壊します。
ソ連崩壊後、やっと国連の被害調査が入れるようになりました。
そして、次々と、放射線ヨウ素被ばくによる甲状腺癌や白血病が報告されるのでした。。。
よく、「甲状腺癌は4~5年後から増えた!」ってのを聞きますが、それは単に、調査が入ってなかっただけでは?と私は思います。
事故後、チェルノブイリ周辺で甲状腺がんが増えた理由
甲状腺ガンとは
甲状腺癌は、「癌」という名前ですが、ほうっておいても命にかかわらなかったり、治ったりするけっこう特殊な癌なんです。
甲状腺というのは、小さい組織で細胞が増えるのが遅いという性質を持っています。
なので、甲状腺の細胞がガンになっても、甲状腺の細胞はもともと増えるのが遅いので、ガンになった甲状腺の細胞も増える速度が遅い場合が多いのです。
転移しても、転移先でも増えるのが遅いので、命にかかわる危険性が低いとされています。
逆に、胃や腸の細胞は、毎日のように再生されて活発に増えては捨て増えては捨てされているので、胃や腸の細胞が癌になると進行が早かったりします。
なので、死亡率が高いんですね。
乳幼児が放射性ヨウ素を取り込んだ理由
チェルノブイリでは、住民、とくに乳幼児が数シーベルトの放射性ヨウ素被ばくをしています。
1,000,000μSv以上の被ばくです
チェルノブイリ原発が爆発しました。
↓
たくさんの放射性ヨウ素や放射性セシウムが周辺の土地に降り注ぎました。
↓
そして、その土地に生えている草に放射性物質が大量に付着しました。
↓
その放射性物質がついた草を牛さんが食べました。
↓
放射性ヨウ素を大量に身体の中に蓄えた牛は、牛乳を出しました。
↓
その牛乳を乳児が飲みました。
こうやって、乳児に放射性ヨウ素が取り込まれていったのです。
そして、放射性ヨウ素は普通のヨウ素と同じように甲状腺に貯まるので、乳幼児が甲状腺に数シーベルトの被ばくをしちゃったんですね。
ソ連において放射性ヨウ素が甲状腺に貯まりやすかった理由
ソ連は内陸国ですので、昆布やわかめに含まれるヨウ素が欠乏の状態にありました。
チェルノブイリの住民は、普段から、甲状腺にはヨウ素が不足していたのです。
ですので、放射性ヨウ素がヨウ素不足の甲状腺に貯まっていきやすい状態でした。
一方で、日本はヨウ素が過多の国です。
普段から昆布やわかめをたくさん摂っているので、甲状腺にもヨウ素が余り気味です。
甲状腺がコップだと仮定しますと、日本は毎日のようにわかめや昆布を食べてるので、ヨウ素はいつもコップに満タンです。
余分に入ってきたヨウ素はコップからあふれて体外に排出されます。
もし、放射性ヨウ素が体内に入ってきたとしても、甲状腺は満タンですから、放射性ヨウ素はすぐに身体の外に排出されちゃうんですね。一方、チェルノブイリの場合、元々コップに半分もヨウ素が入ってませんでした。
慢性的なヨウ素欠乏状態です。
この状態で放射性ヨウ素を摂取すると、コップの半分は放射性ヨウ素となってしまいます。
コップ半分の放射性ヨウ素は、放射線を出して、甲状腺の細胞をガン化させます。
だから、チェルノブイリでは放射線由来の甲状腺癌が多発したんですね。
安定ヨウ素剤
安定ヨウ素剤の役割
この、甲状腺に欠乏したヨウ素を補うために作られたのが、安定ヨウ素剤なんです。
安定ヨウ素剤には、甲状腺に貯まりやすい普通のヨウ素がたんまり入っています。
なので、ヨウ素不足の場合は、安定ヨウ素剤を飲んで、甲状腺の中のヨウ素を満タンにしておくわけです。
そうすると、たとえ放射性ヨウ素が体の中に入ってきても、甲状腺がヨウ素で満タンなので、放射性ヨウ素が甲状腺に入る余地がなく、放射性ヨウ素はすぐにおしっこで体外へ排出されるわけです。
ですので、原子炉の事故が起こったら、ロシアなどの内陸国(ワカメとかを摂取していない国)では安定ヨウ素剤をのんで、甲状腺のコップを普通のヨウ素で満タンにする必要がある。というわけです。
福島で安定ヨウ素剤が必要なかった理由
では、福島の原発事故の場合は、安定ヨウ素剤が必要だったのでしょうか?
福島の場合、特にワカメや昆布をたくさん食べている場所なので、もともと甲状腺のコップに満タンのヨウ素が入っていました。
なので、安定ヨウ素剤を飲んでも意味が無いんですね。
むしろ、安定ヨウ素剤を飲んじゃうと、「今でもヨウ素は満タンなのに、さらに大量に身体に入ってきた!」と身体が感じて、「ヨウ素をどんどん排出しなきゃ!」って思ってどんどん排出しちゃって、逆に甲状腺のコップ内のヨウ素を減らすという逆効果になったりする可能性があります。
また、安定ヨウ素剤は「薬」なので、当然副作用がありますので、違う病気になったりすることもあるんですね。
安定ヨウ素剤とイソジンの違い
2018年6月23日、こんなツイートをした人がいました。
おしどり♀マコリーヌ
(略)
身近なものから安定ヨウ素剤の代替として、イソジン30倍希釈が効果的!という調査研究をされた先生!
一応、このおしどりさん、生物系の大学を出られているということなのですが、生物学の知識が皆無です。
当然、これに対しての批判の声がたくさん上がっております。
イソジンは日本薬局方で「ポピドンヨード」として収載されている外用の医薬品です。
ビニルピロリドンポリマーの中にI2やI3-が会合している構造。
ヨウ素分子の酸化還元能により殺菌作用がある=細胞毒性があります。
他方で安定ヨウ素剤はヨウ化ナトリウム。ヨウ化カリウム。
訂正:2018.03.30 https://twitter.com/tarabagani/status/1012860743258009600
指摘ありがとうございました!
ヨウ素イオンとして吸収され、甲状腺濾胞で酸化され分子ヨウ素I2になって、アミノ酸のチロシンに付加し甲状腺ホルモンになる。
毒性は低いです。
もちろんポピドンヨードにまったくヨウ素源としての機能がないわけではないが、放医研は勧められないとしています。
ヨウ素イオンとして吸収され、甲状腺濾胞で酸化され分子ヨウ素I2になって、アミノ酸のチロシンに付加し甲状腺ホルモンになる。毒性は低いです。もちろんポピドンヨードにまったくヨウ素源としての機能がないわけではないが、放医研は勧められないとしています。https://t.co/RGO7jIKTMt
— F1ABS (@F1_ABS) June 26, 2018
しかし頭を使えてないですよね、このセンセもおしどりも。高校の化学の知識がないかも。分子ヨウ素の毒性があるんだから、チオ硫酸ナトリウム(水槽のカルキ抜き)で無色になるまで還元してヨウ素イオンにしてしまえば、毒性はなくなるのですが。でんぷん液で感度を上げれば完璧。
— F1ABS (@F1_ABS) June 26, 2018
断言しますが、イソジンは安定ヨウ素剤の役割を果たしません。
そもそも、イソジンはうがい薬であって、安定ヨウ素剤とは成分が異なります。
こういうデマに惑わされないようにしましょう。
トウギャッターにもまとめられてますね。
「ヨウ素入りうがい薬が安定ヨウ素剤の代わりになる」という震災直後出回ったヨタ話が7年後に蒸し返された話
福一事故直後、自分や息子にもイソジンを飲ませたという人がいますので、一応記載しておきます。
https://t.co/We5v4piMkv https://t.co/DSZNlWB7Bnhttps://t.co/sCORIHuifFhttps://t.co/wN9SCeXXu6
これな。— いいな (@iina_kobe) June 28, 2018
イソジンを飲むのを推奨している人もいましたね。。。
というわけで、安定ヨウ素剤の代わりにイソジンを飲んでも意味が無いっていってるけど、その理由がわからない!って人用に簡単にその理由などを解説しました。
このエントリは
メルマガ~生物学博士いいなのぶっちゃけていいっすか?~
・チェルノブイリの事故と福島第一原発事故の違いのおはなし
2013.6.28 発行no.8より一部抜粋、改定して書き直しました。
コメント
名無し
吉村知事の件でこのデマの話題を思い出し、この記事にたどり着きました。私は2011年のあの時福島に住んでおり、このデマが流れてきました。親にイソジン薄めて飲んだ方がいいと言われましたが、いまいち納得いかず飲みませんでした。
イソジンは大規模災害が起きたときに話題に上がるという、おかしなジンクスがあるのかもしれません。この件のことは留意しておきたいですね。